2013年7月に院生2人が石井美保先生の研究室にお邪魔して、人類学との出会いやこれまでの研究経緯について伺ってきました。最終回は「スキマを開く人類学的思考」というタイトルでお届けします。家族づれでのフィールドワーク、アウトリーチ活動から文化人類学を志す若者へのメッセージまで、幅広く語っていただきました。

*このインタビュー記事は、書きおこし原稿(約3万字!)をもとに、院生とホームページ担当者が編集しました。事実関係については先生に確認していただきましたが、タイトル、構成などは担当者の責任のもとに編集しています。


家族を連れてのフィールドワーク

院生
インドに関する研究は、人文研に移られてからも継続されているのですか?

石井
 人文研は、教育的な業務が少ないので、行こうと思えば行けるというのはありますね。学期中は行きにくいですけど、長期休暇のときはね、割と行こうと思えば、行けますね。

院生
こちらに移られてからはインドに行ってるのですか?

石井
 行ってますね。春と夏に。

院生
最近行かれたのは?

石井
 最近は2013年の春、1月から3月くらいですね。

院生
そのときも娘さんも行かれたんですか?

石井
 いまふたりいるので、そうですね。上が9歳で下が3歳です。そのときはまだ2歳だったんですけど。

院生
上の子は飽きたんですよね、インドに

石井
 でも、行ったら行ったで、それなりに楽しそうですけど…田舎なのであまりすることないですしね。

院生
なかなかそういう経験をしている2歳と9歳はいない。

石井
 そうですね。岡崎先生もお子さん3人、すごく小さいときにスーダンに連れて行かれて、まだ内戦とかがあったときに…なんかそういうことをおっしゃっていましたけど。

院生
なんか内戦とかみてると、思想的に影響しそうですね。

石井
 そうですね。たしかお嬢さんの一人はピーススタディーズの修士号を取られたとか、おっしゃってましたね。

院生
フィールドワーク連れて行くときは、抱っこしながらとかですか?

石井
 基本的に夫も一緒に行くので、夫がまず北インドのほうで自分の調査をして、その後にデリーで落ち合って、家族みんなで一緒に南のフィールドに行くことが多いですね。南では、夫が子どもをみてくれて、私が外に出てたりすることが多いかな。

院生
僕の小学生のころを想像すると海外にも行ったことがなくて、学校を休むことに罪悪感的なものを感じたんですけど、どうなんでしょうか。

石井
 やっぱり休みたくないっていうのは大きいみたいですね。宿題とかもたまるし、友達とかとも疎遠になっちゃうし、それは大きいですよね。

院生
春休みは学校はありますよね?

石井
 ありますね。だからこのあいだは休ませて連れて行ったんですけど、やっぱりそれは本人としてはいやだったみたいですね。だからやっぱり小さいうちだけでしょうね、一緒に行けるのは。

院生
家族で一緒にいくことによって一人前にみられるっていう、ちょっと詳しくお願いします。

石井
 やっぱりなんだろう…修士とか博士でフィールドに入るとすごく若者にみられるっていうのもあって、ふつう〔現地のホストファミリーの〕娘とか息子っていう立場で入っていくと思うんですよね。それはそれでいいところがいっぱいあるんですけど、でも一方で、今回インドに家族で行ってみると、まず「母」としてみられるので子供扱いされないというか、そういうところである程度、尊重されるというのがあるかもしれないですね。まあ、それは男性と女性でちょっと違うかもしれないですけどね。あと、子供連れだと、すごく声をかけられやすいっていうのもあって、子供を通して親しくなるっていうのはありますね。日本でもそうですけどね。

院生
ちなみに、この夏は行かれるのですか?

石井
 この夏はバタバタして、行けそうにないんですけど、冬ぐらいにまた行きたいですね。





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なまえ

院生
ここまでで高校、学部時代からずっとお聞きしたんですけど、ちょっとそれとは関係なく、いろいろと他にも聞きたいことがあって。みぽりんというあだ名があって、石井先生のお顔を拝見する前にこのあだ名に出会っていて、なんか菅原先生の語りのなかにでてきてたんですけど、それは、誰がどの時点で?

石井
 たぶん、大村さんじゃないかな。大村敬一さん(注1)ていう阪大の先生がいらっしゃるんですが、たぶん大村さんあたりがそういうあだ名をつけて、それを菅原先生が使っているんではないかと思います。

院生
それは大体どのあたりから呼ばれ始めたんですか?

石井
 えーどれくらいでしょう。たぶん博士課程のときぐらいじゃないかな。大村さんと出会ったのもそれくらいですからね。でもこないだミニシンポで田中先生、私を「石川さん」とか言ってましたからね。もう20年ぐらいいっしょの分野にいるのに (笑)。違います。





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アウトリーチと調査地への還元

院生
アウトリーチ活動に関してもお聞きしたくて。人文研シンポを担当されていた、いしいしんじさん(注2)のやつとか。そういうのは純粋な教育でもないし、研究でもないですよね。

石井
 そうですよね。あれは人類学とは関係ないんですけど、人文研ってああいう活動をすごく重視していて、「人文研アカデミー」の中の、「文学カフェ」というイベントなんですけど、文学者や芸術家を、人文研を通して一般の人と繋ぐということをやっています。大浦さん(注3)という文学研究者の方が始められて以来やっています。私はたまたまいしいしんじさんが京大のすぐ近くに住んでらっしゃるということを知って、じゃあお呼びできたらと思ったんですけど、結構ポジティブに考えてくださいました。もともと京大出身ということもあったと思うんですけど。それで、思ったよりも大規模なイベントになりました。私自身のアウトリーチ活動というよりは、人文研の活動の一環という感じですね。
  個人的には、どうでしょうね。あまり今のところは機会がないですね。もうちょっと年季が入ってきたら声がかかってくるのかもしれませんけど。
  ただ、HPに掲載しているイラストや寓話とかもそうなんですけど、論文ではないかたちで現地での経験をエッセイみたいなかたちで書いて、もうちょっと読みやすいかたち、普通の人が読んでも面白いかたちでできたらなぁとは思ってますけどね。
  調査地への還元については、ひとつには英語で書いて読んでもらうということですね。ただ、いままさに調べている経済特区の大規模開発のことなんかは、現地でそれについて調査したり発言したりするのは、実はかなり危険なことなんです。それはそのまま英語で書いて出版して見せられるかというと、政治的になかなか難しいというのはあります。

院生
ブータ祭祀については韓国の企業も儀礼に参加しているそうですね。

石井
 韓国企業の人はおそらく、「儀礼に参加すればうまく行く」というようなあざといことを考えているような感じはしません。たぶんその、インド現地の技術者や企業幹部の人から要請があったために、その人たちとの関係を第一に考えて参与するということを考えたんだと思うんですよね。ある種閉じられた工業プラント社会のようなところで事業をすすめていくわけなので、現地の従業員たちの協力や理解はとても重要なんです。ただ、自分の意図せざる結果として、祭祀の中に巻き込まれちゃうということは面白いな、と思いますけどね。





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どんなスキマでもフィールドにできる

院生
最後に、文化人類学を学ぶ学生に向けてアドバイス・期待などあればお聞きしたいです。

石井
 アドバイスねぇ…。私が学部で足立先生のゼミに入った時、ちょうどライティングカルチャー・ショックみたいなのが来たって言ったじゃないですか。そういう世代なんですよ。つまり、最初に人類学の自己否定みたいなものから学んでしまって、その功罪みたいなものがすごくあると思うんですよね。
  修士に入ってフィールドワークをするわけですが、調査自体に対する懐疑があって。だから博士課程で揺り戻しのようにやった細かい調査を〔修士課程では〕やらなかった、ということがあると思うんです。修士のときには、自分の主観というか、感情、巻き込まれみたいなものを最重視していました。時代的な影響があったと思います。
  それから20年近くが経って、Writing Cultureが提起したような主観性の問題とかは、解決してないんですけど、それを突き抜けて調査することに意味があるとか、エスノグラフィを生産していくことの意味が失われたわけじゃない、という地点にまで人類学は来ていると思います。その中で面白い、新しい議論の展開も出てきていると思いますし、そういう意味で、いまそれをはじめることの楽しさはすごくあると思いますね。
  私たちの世代はアイロニーから入ったのですが、いまの人たちはそういうのを昔のことと受け止めたうえで、やっていきたいからやるみたいな感じがあると思います。私も自分が教え始める前は、アイロニカルな部分を持っていました。いまでも人類学自体への懐疑というか問題意識はあるんですけど。でも教え始める前は、学問分野としての人類学がこの先どうなっても、私はフィールドワークをやりたい、あるいは人類学的思考が好きだっていう、いわば利己的な意識がありました。 人類学的思考が好きだっていうのは、ある意味どのようなスキマでもフィールドにできる、あるいは主流から外れたこともむしろ王道になっちゃうみたいな部分に惹かれるんだと思います。
  最初に言った、ある「現実」みたいなものがあったとして、その一方でそこからズレるものがあったとして、普通は大文字の「現実」みたいなものしか対象にならないんですけど、人類学の場合はそこからズレたものこそが対象になり、そこが自分の感性にあっていたんですね。だから、修士・博士課程くらいまでは〔学問分野としての〕人類学がどうなっても私は好き、のような考えだったのですが、教え始めてから、やっぱり人類学がなくなったら困るだろうという思いがでてきました。 大文字の、私たちがふだん「現実」だと思っているものとは違うものに関心を向けている人はすごくたくさんいるし、そういう人たちを受け入れていく、しかも学問としてそれを受け入れていく余地みたいなものがないとおかしいだろうと思うんです。
  特にいま、大学の構造改革があって、実際お金にならない学問というものがどんどん切り捨てられていくんですけど、それでも人類学的思考とか人類学的なものが目を向けるスキマとか、あるいは違う現実世界がどう立ちあがっていくのかに関心を向けている優秀な人たちがすごくたくさんいて、それを人類学として受けとめて育てていかなくちゃという意識ができてきました。そういう意味では私としては、どんな勉強してない人でもいから、来てくれ!という感じですね(笑)
  私自身もそうなんですけど、人類学ってどうしてもやってみなければわからないみたいなところがあるじゃないですか。人類学は高校までにも習わないし。大学でも、教える先生によってものすごく違う学問になると思うんですね。
  まずは受け入れてみて、自分でやってみて、鍛えられていけばいい学問だと思います。理論的重要性も述べたのですが、方法的な重要性もあって、実際にやってみるというのが人類学だと思うんです。そういうことができる素地のある人はたくさんいるはずなんです。今まで人類学を学んできたかどうかはさほど問題ではありません。いろんな背景をもっていたほうがいいんです。
 そういう意味では、いまから何かをやっていってほしいとかはなくて、スキマ、境界領域、違う現実等に興味があったら是非やってみて、って感じです。

院生長い時間ありがとうございました。






注1:大阪大学准教授。主な著書に『カナダ・イヌイトの民族誌 日常的実践のダイナミクス』(大阪大学出版会、2013)などがある。
注2:作家・小説家。『アムステルダムの犬』(講談社、1994)でデビュー。『ある一日』(新潮社、2012)で第29回織田作之助賞大賞受賞。『いしいしんじのごはん日記』(新潮文庫、2006)などエッセイも多数執筆。
注3:大浦康介。京都大学教授。主な著書に『誘惑論・実践篇』(晃洋書房、2011)などがある。