山田第1回人類学との出会い

2012年1月25日(水)、京都大学にて山田孝子教授の最終講義・談話会「エスノ・サイエンスから宗教と生態、そして共同性再構築の視座へ―人類学フィールドワークの遍歴から―」が催されました。以下は、山田孝子教授と山田研究室卒業生である若手研究者との談話会の一部です。ホームページでは、2回にわけて掲載します。第1回目は「人類学との出会い」というタイトルでお届けします。

聞き手:高橋 そよ(特別研究員、沖縄大学地域研究所)
藤本 透子(機関研究員、国立民族学博物館)
増田 和也(特定研究員、京都大学東南アジア研究所)
*2012年1月現在

 

高橋
それでは早速ですが、山田孝子先生のご研究の原点を探るという意味でも、先生の大学院時代についてお聞きしたいと思います。山田先生は1972年、理学部数学科から動物学専攻人類学教室へ、女性第一号として進学されました。当時、伊谷純一郎先生を中心に自然人類学教室では、霊長類の生態から、ヒトの生態へと研究テーマが展開されているさなかでした。人類進化の過程を解明する手がかりとして、ヒトの生態、生計活動や環境への適応などに焦点があてられて、その後生態人類学の基礎が作られていきました。このような流れの中で、どのような大学院時代を過ごされたのかを伺いたいと思います。まず、何故、数学科から人類学へ転向されたのでしょうか?

人類学との出会い

山田
 数学には限界を感じ取ったというのが一番の回答かもしれません(笑)。私の大学時代というのは、大学闘争の時代で、3回生の冬から4回生までつぶれました。数学の勉強というのは3回生の前半までで終わっているという状況なのです。数学の世界も面白いといえば面白いのですけれども、人間に興味を持ったというのが大きなところですね。それも、京都大学に入り、女性であるということは、まだジェンダーバイアスがきつい時代でしたので。なぜ女性はこういう状況で生きなければならないのか、まあ、フェミニズムでもありませんけれども。人間であること、女性であることというのがどういう事なのか、文化をとおして人類学の中で見てみたくなったのです。
それでは、霊長類でやるか人間の社会に入ってやるかという時に、霊長類からやった方がそれが見えるのじゃないかという先輩もいて、嵐山のニホンザルのところにも行ったんですけれども、どうも、ニホンザルとは相性が悪くて(笑)。まあ、というか、目を見ちゃいけないよとか、色々いわれて。ちょっと難しいなと思い、人間からいこうと思いました。
ただ、最初からその問題をするということにはならなかったのですね。それはもちろん理学部の研究室という環境もありましたけれども、ただジェンダーのテーマを最初からするより、もっと全体的な人間社会について見ていく事も大事だと思いました。それでジェンダーの問題は、どのフィールドに行っても自分のもう一つの隠れたテーマとして見ては来ているのですが、それはやはり自分の生き方の問題ともなるので、自分の研究対象とはしてこなかったのです。

 

簡単に取った資料だけでは、おもしろい研究にはならない

高橋
次に方法としてのエスノ・サイエンスについてお伺いしたいのですが、生態人類学、エスノ・サイエンスの手法とは、人間と自然との関係を基盤とした全体論的アプローチが特徴だと言えますが、山田先生ご自身は、どのように大学院時代、データ収集やまとめ方を鍛えられたのでしょうか。今日は、たくさんの大学院生が聴講していますが、大学院生へのメッセージという意味もこめて、先生のこれまでのご研究を改めて振り返りながら、大学院時代の経験とこれまでのご研究との関連性について教えていただければと思います。

山田
 難しい投げかけですけれども……。人類学が一つの小さな社会、コミュニティーを対象にすることから出発してきたというのは、自分のテーマが何であれ、そのコミュニティーの全体を見るというのは第一条件なのです。だから、その地域の人々がどういう社会関係で生きているのか、どういう日常性を生きているのか、どのような衣食住の中で暮らしているのか、そういった生態的なものを含めて観察したことをすべてとにかくノートに書くというのが第一条件になるわけです。その上で、特定のテーマというのを自分で見つける。
 だから、あるテーマだけをすればその社会がわかるというものではありません。例えば、最初の研究は最終的にエスノ・サイエンス、民族植物学という、鳩間島における植物利用という形での論文となっていますけれども、それ以外の膨大なデータについてもフィールドノートに書いている(注2)。
 ただ、民族植物学的な資料収集の仕方というのもあって、エスノ・サイエンスの研究というのは、フローラ全部はおさえられないけれども、人が利用する空間や環境の中で徹底的に押さえるというのをまず自分に課さなければならない。そのためには、採集しなければならないわけですね、植物を。採集して、標本を作って・・・という。その上でそれぞれ、ひとつひとつについて土地の人たちへのインタビューで情報を聞く。でも・・・、本当のことを言えばエスノ・サイエンスから足を引いたのは、植物採集と植物標本作りが大変な作業ということもあります。本来ならすべて、完全に同定を自分でできればいいのですが、それはちょっと難しいので、八重山調査の時は、実は鹿児島大学に、琉球植物誌を書いた初島住彦先生という方がいらしたので、その方に植物同定を自分のできない部分はして頂いたのです。
 標本がきちんとできていないと同定ができないので、そういう基礎的な膨大な作業があった上で、はじめてそのデータがデータとして生きるという形になるわけです。私は数学科を出ていて、生物学だけは取ってなかったのですね。それなのに大学院では植物の調査をすることになって、植物に関してはまた一から勉強しなおしました。植物の標本にはどこを採ったらよいのかなど勉強しました。
 ラダックの場合で面白いのは、植物の標本を取ってノートに挟んでおくだけできれいな標本ができるのですけれども、沖縄やアフリカだと湿度が高いので、ホルマリンにつけて密封して持って帰ってきて、理学部の植物教室の乾燥機で乾燥させて、標本を作る・・・など、そういう膨大な作業をしなければ、エスノ・ボタニーの調査はできない。
 やはり、人類学というのは簡単に資料を取っただけでは、おもしろい研究にはならない。みなさんがんばって、ユニークなデータを取ってください、としか言いようがないのですけれども(笑)

ことばから読む世界観

藤本
 さきほど、社会を全体的に捉えた上で個別のテーマをみていくことの重要性ということをおっしゃられていましたが、それに関連して、宗教と生態についてお尋ねしたいと思います。先生は『アイヌの世界観』(注1)では、「ことば」に着目して自然と宇宙の認識を読み解くというご研究をされています。そのなかで、「言語は人間に対して経験のしかたを規定する」というサピアとウォーフの仮説にもとづく認識人類学的アプローチを、従来のように動植物や色彩といった客観的な指標で測れるものに対してだけではなく、神々や霊といった超自然的な世界にまで拡張していくというチャレンジをされています。その場合に、どうして自然界のものだけでなく、目に見えない超自然的世界をふくめて認識することが重要と考えるようになられたのか、お尋ねしたいと思います

山田
 アイヌの神々の名前を見ていったときに、何かすごく面白かったのですね。神様をどう名づけるか、その名づけの仕方にかなりアイヌの人たちのものの考え方が反映されているのです。最初から、神様の名前に注目していたわけではなくて、アイヌの神謡をずっと読んでいたときに、いっぱい神様の名前が出てきたのです。それを見たときに、あれ?って。すごく規則性があるというか、彼らのものの考え方がすごくそこに反映されている事に気がついていって。そいうところからみると、対象をどう見るのかということが、超自然的な存在に関しても名前に反映されているということを感じたので、神々の名前をとにかく分析してみようと思って始めたのです。
もう一つ、超自然的、霊的な観念っていうのは、本来はモノがない、対象がない場合が多いわけですけれども、アイヌの場合はそれが自然のモノに具現化されている。だから、ある植物、例えばハルニレという木をチキサニといい、神でもあるのです。なぜ、ハルニレが神かというと、ハルニレの木というのは、昔、木と木をこすり合わせて火をおこすのに使っていたという、火の起源神話に出てくるのです。だから、そこでなぜチキサニという木を神格化するのかというと、火と結びつくし、それがハルニレという植物と結びつくという関係性、自然の対象そのものに神の概念が具現化されている関係性をとても面白いと感じました。
動物も、例えば熊であればヌプリ・コロ(←小さい「ロ」)・カムイ、つまり「山岳を領有する神」となって、ヌプリというのは奥山ですけれども、奥山の領域を守る神という存在がヒグマに具現化されている。彼らの領域観念と、そこを守る神様がいてそれがヒグマであるというつながりという面白さは、やはり、アイヌの人たちの生態というか、熊狩りの領域でもあるし、そういう生計と結びつきながら神の観念が想定されている。そういうところが、取っ掛かりとなったのです。言語によっては、ことばがそういう形で超自然的な存在を表象しない場合がありうると思うのですが、たいていの場合、何らかの意味、思いが、神々、超自然的な名称の中に込められているところから、彼らの超自然観の分析に、エスノ・サイエンスのもともとのあり方とは違ってしまうかもしれないけれど、何か描けると感じていました。

第2回へつづく

注1:『アイヌの世界観―「ことば」から読む自然と宇宙』1994、東京、講談社.
注2:『南島の自然誌 変わりゆく人-植物関係』2012、京都、昭和堂.